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2012年09月21日16:34  スロットルキットType1 インナー巻取径Φ42 ホルダーカラー:ガンメタ ワイヤー:ステンレス金具 ACTIVE(アクティブ) ER-6N(09~11年)政治・権力・陰謀


100万人の兵を中国に派遣し、占領地でカネを刷って戦った日本軍(小野盛司 8)

神州の泉 2012年9月17日 (月)

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日本経済復活の会 会長 小野盛司


 昨年の8月 YOSHIMURA/ヨシムラ MONKEY(12V) [フレーム号機:AB27-1000001〜]ヨシムラヘッド 88ccKIT (レース専用)、NHKスペシャルで『園の戦争』という番組があった。書籍化しないのかとNHKに問い合わせたら予定では年内にでも刊行できればと思っておりますとの返事だった。この番組に刺激され、今回のテーマで書いてみることにした。


 日中戦争から1945年の終戦までの8年間に日本軍が使った戦費は7559億円。現在に換算すれば300兆円以上である。もしこれを日銀が刷った円を仕送りして戦費を賄っていたら、やがてその円が日本に帰ってきて、日本国内で猛烈なインフレを起こしただろう。それを避けるために日本軍が行ったのは、占領地で新しい通貨を発行し、それを日本本土では通用しないようにした。そのときの最大の問題は、占領地で果たしてその通貨が中国人の信認を得ることができたのかということだった。「通貨の信認」の意味を考える上で重要なヒントが得られるので、この状況を詳しく説明してみよう。



 1875年に軍艦3隻をともなって朝鮮に黒田清隆を派遣し、強引に開国をさせ、翌年には不平等条約である日朝修好条規を調印させている。1878年には第一銀行韓国総支店を設立した。これは日本の民間銀行(現在のみずほ銀行)である第一国立銀行の韓国支店であった。1902年には第一銀行券を発行、これが韓国の法貨として公認され、       事実上中央銀行化した。今では考えられないことだろうが、日本の一民間銀行が韓国で通貨発行権を『強奪』した。これを可能にしたのは日本の圧倒的な軍事力の優位性だったのだろう。


 しかし、日本の民間銀行の朝鮮支店が中央銀行になるのはまずいということで、1909年に、大韓帝国政府、日本皇室、韓国皇室および個人が資本金を出す形で、中央銀行・韓国銀行が設立され、総裁には第一銀行京城総支配人市川盛宏が任命された。1910年に日韓併合、1911年朝鮮銀行法(日本法)が制定され韓国銀行が朝鮮銀行に改名された。日本銀行券を朝鮮に流通させる案もあったが、朝鮮経済の不安定さを内地に持ち込む危険      があるので断念され、結局、朝鮮銀行券を発行、金貨・銀貨・日本銀行券との兌換が保障されることで「信認」を得た。


 日露戦争後に日本の勢力下に入っていた南満洲では、朝鮮銀行券が 1917(大正6年) に強制通用力を付与された。激しいインフレのためにルーブルは通貨としての流通力を失っていた。満洲北部やロシアのシベリア・極東でも、、ロシア紙幣
(ルーブル紙幣) に代わって、朝鮮銀行券(金円)
が実質的に唯一の信用力のある通貨になった。1919年朝鮮銀行のウラジオストック支店が設立され、シベリア出兵には朝鮮銀行券が使われた。この例からも「通貨の信認」とは相対的なものだということがわかる。つまり、朝鮮銀行券はルーブルよりも信認を獲得できたということだ。ルーブルの激しいインフレが無かったら事情は変わっていただろう。


 台湾は1895年~1945年の間、日本により統治された。1899年に台湾銀行が設置され台湾の中央銀行となり紙幣発行権を持った。第一次世界大戦後に日本で発生した大正バブルで投機に成功し巨額の利益を得たが、一転1927年の昭和金融恐慌で巨額の損失を出し休業に追い込まれた。その後モラトリウムと政府の支援措置で再建した。


 ここまでは日本軍が占領地でお金を刷って資金を獲得した話だった。この手を使って中国を占領できたのだろうか。中国占領とまでいかなくても、日本のような小国が、なぜ中国大陸だけで100万人もの兵を派遣し太平洋戦争を戦えたのだろうか。


 1936年~1938年の世界工業生産はアメリカ32%、イギリス9%に対し日本は僅か4%に過ぎなかった。また1941年の石油、石炭等の重要品目の単純生産値でも    日本はアメリカの78分の1しかなかった。日本からの「仕送り」で巨大な軍隊の活動を支えられるわけがない。


 本国からの資金援助の保障がないまま、関東軍は政府の方針を無視し満州事変を起こした。その発端が1931年の柳条湖事件(りゅうじょうこじけん)であり、これは自作自演の満鉄爆破事件だった。「日本が攻撃を受けた」ことを口実に満州各地を占領し、1932年3月満州国の建国を宣言、、日本が満州国を承認し、1932年9月日満議定書を結んだ。関東軍は政府の支援はいらない、「戦争をもって戦争を養う」というのだ。


 国民政府の蒋介石が、積極的な抵抗をせず満州国を黙認したのは、中国共産党との戦い(国共内戦)で手一杯だったからだ。その意味では柳条湖事件などという小細工をしなくとも、堂々と攻め入れば十分だった。「日本軍は軽い皮膚病、共産党は重い内臓疾患」とされていて、1945年、日本が敗戦した後、国共内戦に敗れ台北に遷都した事を考えれば TSDESIGN ティーエスデザイン メカニックウェア・ワークスーツ・作業着 ブルゾン サイズ:3L、「重い内臓疾患」が最終的に致命傷になった。


 少なくとも TSDESIGN ティーエスデザイン メカニックウェア・ワークスーツ・作業着 コーディネイトブルゾン サイズ:3L、当時は柳条湖事件などという陰謀を画策するだけの気概を日本人は持っていたのだが(その是非はともかくとして) 、今の日本人はユダヤの陰謀、CAIの陰謀等々、やられる話しや暗い話ばかりで、やられたらやり返す気概を失っているのは、まだ敗戦が尾を引いている証拠で慚愧に堪えない。一刻も早く、自信を取り戻して、少なくとも経済において世界の頂点を目指して欲しいと思う。


 さて話しを元に戻すと、このように日本は占領した現地で通貨を発行して戦費を調達していた。朝鮮では朝鮮銀行を設立し、朝鮮銀行券を発行、台湾では台湾銀行を設立し台湾銀行券を発行、満州では満州中央銀行を設立し満州中央銀行券を発行、中国では中国聯合準備銀行を設立し中国聯合準備銀行券を発行した。しかし、どれも同じレベルで通貨の信認を得られたわけではなかった。特に中国では困難に直面した。


 1938年(昭和13年)に中国聯合準備銀行が設立され、日中事変の戦線拡大とともに朝鮮銀行の発行する円札を流通させようとするが浸透せず、関東軍は中華民国臨時政府を樹立して、中国聯合準備銀行券を発行させた(単位は円)。強制的に「信認」させようと聯銀券を使わないと最高で無期懲役の刑を科し、小麦、石油、阿片は聯銀券でしか買えないようにした。更に預け合い制度によっても、「信認」の獲得を狙った。中国聯合準備銀行と朝鮮銀行が預け合い契約とは、日本から朝鮮銀行に送金された日本円を担保にし、聯合準備銀行が通貨を発行し、それを現地の日本軍に渡す。日本の軍事費に借金として計上した。形の上では日本が日本軍に資金を出しているようになっているが、聯合準備銀行は、円を引き出すことはできなかった。これにより事実上借金せずに、無尽蔵に通貨を刷って戦費を調達できるはずだった。もちろん、中国人がこの通貨を信認しなければ、タダの紙切れに過ぎないのだが。


 日本の戦費7559億円(現在の価値にして300兆円)のうち、4割は預合によってまかなわれた。今も国家予算の一般会計のなかに「臨時軍事費借入金」として414億円が計上されているし次のサイトでこれを確かめることができる。


TSDESIGN ティーエスデザイン メカニックウェア・ワークスーツ・作業着 ブルゾン サイズ:L TSDESIGN ティーエスデザイン メカニックウェア・ワークスーツ・作業着 長袖シャツ サイズ:3Lhttp://www.bb.mof.go.jp/server/2005/pdf/200577001000603.pdf


しかし返す先の金融機関は消滅している。 


 中国聯合準備銀行の設立に中国側の協力を得ることは困難だった。聯銀は日本の傀儡銀行とされていたからだ。そこで朝鮮銀行から650万円、横浜正金銀行から300万円、  日本興業銀行から300万円出資(融資)を受け設立され、聯銀券を日本円と等価、つまり1中国円=1日本円とした。これは日本・満州国・華北の3国間で貿易を容易にするためだったが、日本円はポンドやドルと兌換でないし、馴染みも薄かった。日銀発行の円と朝鮮銀行発行の円を聯銀に預けて新貨幣の裏付けとしたのだが、この裏付けを超えて、通貨が発行されたためにインフレになった。


 これに対抗して蒋介石の国民党は法弊を流通させ、聯銀券の価値は下落していった。一方で共産党は辺幣(へんぺい)を発行した。結局聯銀券は法弊に勝てなかったのだがその理由は


1.正貨準備が十分な英米の大銀行が法弊を支援。


2.法弊は外貨と兌換できたが TSDESIGN ティーエスデザイン メカニックウェア・ワークスーツ・作業着 スラックス サイズ:79、聯銀券はそれができなかった。


3.中国民衆は聯銀券を敵貨とみなした。 


4.国民政府は聯銀券を所有することも使用することも禁じた。


 聯銀券を使い法弊を回収する計画は失敗に終わった。聯銀準備銀行の開業後1年間で回収できた法弊は華北で流通していた3億5000万元のうち約2000万元だけだった。日本は武力戦で勝ったが通貨戦で敗北した。華中で流通する10億元の法弊を回収するのは無理だった。日本は法弊を全部回収できるほどの正貨を持っていなかった。次のグラフで示すように、第一次世界大戦で稼ぎまくって、一次20億円以上の正貨を保有していた。しかし、大正バブルが崩壊し、金解禁と昭和恐慌で一気に正貨を失っていた。

 失政続きで国力を失っていた日本は、中国において通貨戦で法弊に敗れた。その後、法弊も乱発され悪性インフレが引き起こされた。共産党は中国人民銀行を設立し人民弊を発行した。人民弊は法弊を圧倒、国民党を台湾に追いやった。 


 このように TSDESIGN ティーエスデザイン メカニックウェア・ワークスーツ・作業着 ツータックラットズボン サイズ:73、一見武力闘争に見えていた戦争も、裏では通貨の戦いが行われていたことが分かる。「通貨の信認」を獲得する争いだ。平成に入ってデフレ脱却のために通貨供給量をふやせ、お金を刷れ、日銀は国債を買えと主張すると、日銀総裁や一部の無知なエコノミスト達からオウム返しで出てくる言葉は「通貨の信認が失われる」ということだ。しかし、これほど馬鹿げた議論は無い。日本には、円が流通しているだけだ。円が信認を失い価値を失ったら、どうやって経済活動を維持するというのだろう。貿易において円の価値が落ちる、つまり円安になるという話であれば、これは日本企業にとって救いの神になる。日本企業が輸出競争力を取り戻し、空洞化を阻止し、日本経済の力強い成長が復活する。


 結論として言いたいことは、「お金がなければ、増税などではなくお金を刷りなさい。円の信認の低下など全く心配不要」ということだ。


複数の通貨が流通している場合には、通貨の信認を得ることが極めて重要になる。 


  → 現在の日本のように単一の通貨しか出回っていない国では、通貨の信認が失われ国民が使わなくなることはあり得ない。


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